小田原用水(早川上水)・山縣水源地(山縣水道)

10月15日(土)から小田原用水関連の展示を行います
  小田原用水の歴史から現状まで(地図と現在の写真も展示)
  北条氏康の時代に作られたとされる日本最古の飲料用にひかれた上水道。
  上板橋の早川から取水し、板橋町内を通り板橋見付で暗渠になり、山王口まで引き山王川に流れた。
        途中埋樋が設けられ木製の樋で各小路に流した。
  各戸はその水をろ過して飲用に用いた。
  今でも板橋町内、南町周辺では開渠になっている部分を見ることが出来ます。
  古い写真と現在の写真を展示(全体の地図)
  小田原用水周辺のトピック
  水神様、古い住宅、荻窪用水が流れ込んでいる場所、東照宮の廟、石造りの戦車、地蔵尊、居神神社、
         天神社、古稀庵、老欅荘、対潮閣跡など
  山縣水道について 
     風祭に直径26m深さ4mの水源地を作り荻窪用水から取水し、国道を6インチ鋳鉄管で国道まで
         降ろし、板橋町内を通り古稀庵から対潮閣経由閑院宮邸へと水道を供給、その後板橋町内でも使われた。
  山下水道について  松下軍治が明治42年に水道施設として申請し風祭の万松院先の万松院川から  
  取水し沈殿堰を設け4インチの鋳鉄管で風祭町内を通り板橋の山縣邸、益田邸、山下邸、閑院宮邸などに
        水道を供給(詳細を調査中)
  荻窪用水の歴史と経路
  川口廣造が作った、塔ノ沢から荻窪へ山間部を通して引いた農業用水

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